2019年03月30日 (土) | 編集 |
母が亡くなった日のことは
もう四十九日も終えた今思い出すと
夢の中のような出来事だったような気がする
その日に限って携帯を近くに置いていなかったため
何度か施設から連絡をもらっていたことに
まったく気が付かなくて
家の固定電話が鳴って
それが施設からの電話だとナンバーディスプレイの表示を見てわかって
慌ててかけなおしたときには
「今ほど(だったか、先ほどだったか記憶が曖昧だけど)
息を引き取られました」と
顔見知りの看護師さんの
おそらくは私の心情を気遣ってくださっているであろう
申し訳なさそうな声が聞こえ
一瞬頭が真っ白になった
その電話を受けるまで
私はこの肺炎は治ると、信じて疑わなかったので
この数年間、いろんな段階で何度も覚悟はしてきていたし
この先そう母が長くは生きてはいられないのはわかっていても
今回の肺炎で死んでしまうとは微塵も思っていなかったので
青天の霹靂ほどの驚愕だった
施設に飛んで行ったとき
母はまだ温かかった
夫や息子たち(この時は長男と末っ子がいて)と
粛々と必要な連絡を取ったり
今後の葬儀に向けての用意を進めながら
私は
お世話になった施設の看護師さんと一緒に
母の体を拭き
去年の春お花見に行った時の洋服に着替え
顔にクリームを塗り
ポツポツと母のことを話しながら
穏やかに最後の時間を過ごした
母の顔は
肺炎になってからは苦しそうな表情だったのに
とてもとても優しく
まるで微笑んでいるかのように見えた
昨年亡くなった母の妹である叔母さんが
穏やかな死に顔ではあったものの
長く寝たきりだった人特有の
口を大きく開いた状態だったのが印象に強かったので
母の口が開いているのだけが気になって
そんな話をしたところ
リハビリのC先生と職員の方々で
タオルを優しくあごの下に挟んだり工夫して
上手に口を閉じてくださったので
ますます母の顔は穏やかに微笑んでいるようになった
母を運ぶために来てくださった葬儀社の運転手さんが
「他の施設や病院と雰囲気が全然違いますね
すごくみなさん暖かいですね」と仰って下さるほど
職員の方々に暖かく見送っていただき
実家だった場所に長男が建て替えた家に
母を連れて帰った
自宅を離れて施設にお世話になって、7年以上が経ち
家族葬という選択肢もあったけれど
母は昔ながらの極めて真面目な人だったので
ごく普通のお葬式をしようと決めていた
想像していた以上にたくさんの方が
母のお通夜・葬儀に足を運んで見送ってくださり
本当にありがたかった
火葬場で
今思い出しても
まるで絵本の中の1シーンのように
胸に残るエピソードがある
5歳のマゴのNちゃんが
火葬炉の中母の台車が運ばれ、扉が閉まった時に
そのあとに続こうとして
「ここから先は入れないんだよ
これでひいばあちゃんとお別れやよ」と
パパである長男が言うと
「ひいばあちゃん、どこへ行ったの?」 と、可愛い声で訊き
「ひいばあちゃんはお空に行ったんやよ」
「この扉の向こうはお空なの?」
20年以上前に亡くなった父は
会うことができなかった この可愛いひ孫たちに
母は会うことができて良かったと
胸がいっぱいになった
それから
火葬が終わり
親族みんなでお骨拾いをしたとき
まだ熱いお骨を長い箸で拾って骨壺に入れる儀式を
興味深そうに見ていたマゴの5歳のNちゃんと4歳のYくんは
無邪気にやってみたそうにしていた
火葬場の係の方が
「やってみる?」と
火傷しないように子供たちに安全なように気を配りつつ
二人にも骨拾いをさせてくださった
いつもなら大はしゃぎして遊んでいるNちゃんとYくんは
ちゃんと周りの親族の様子を見ていて
とても神妙に真剣に、でもちょっと楽しそうに
上手に骨拾いをしていた
2巡して、みんなが2度ずつ骨拾いをしたあと
最後に
「では喪主様が喉ぼとけをこちらに」と
小さな骨壺に入れるように促され
私が最後の喉ぼとけを壺に収めると
Nちゃんが隣にやってきて、小さな可愛い声で
「あーちゃんだけズルイ。もう一回できて」
と、これまた無邪気に可愛く言うので
「あーちゃんは特別なの
ひいばあちゃんは、あーちゃんのお母さんだからね」
と、私が答えると
横で聞いていた4歳のYくんが
「ママのお母さんは富山にいるんだよ。〇〇歳だよ」と
これまた無邪気な
本当に罪のない可愛い声で言うので
その場にいた親族みんなが笑顔になった
NちゃんYくんの天使のような二人の
無垢な可愛さのおかげで
母の葬儀の3日間のことは
今では私の中で絵本のように夢の中のように
暖かい気持ちで思い出せる別れの日となった
もう四十九日も終えた今思い出すと
夢の中のような出来事だったような気がする
その日に限って携帯を近くに置いていなかったため
何度か施設から連絡をもらっていたことに
まったく気が付かなくて
家の固定電話が鳴って
それが施設からの電話だとナンバーディスプレイの表示を見てわかって
慌ててかけなおしたときには
「今ほど(だったか、先ほどだったか記憶が曖昧だけど)
息を引き取られました」と
顔見知りの看護師さんの
おそらくは私の心情を気遣ってくださっているであろう
申し訳なさそうな声が聞こえ
一瞬頭が真っ白になった
その電話を受けるまで
私はこの肺炎は治ると、信じて疑わなかったので
この数年間、いろんな段階で何度も覚悟はしてきていたし
この先そう母が長くは生きてはいられないのはわかっていても
今回の肺炎で死んでしまうとは微塵も思っていなかったので
青天の霹靂ほどの驚愕だった
施設に飛んで行ったとき
母はまだ温かかった
夫や息子たち(この時は長男と末っ子がいて)と
粛々と必要な連絡を取ったり
今後の葬儀に向けての用意を進めながら
私は
お世話になった施設の看護師さんと一緒に
母の体を拭き
去年の春お花見に行った時の洋服に着替え
顔にクリームを塗り
ポツポツと母のことを話しながら
穏やかに最後の時間を過ごした
母の顔は
肺炎になってからは苦しそうな表情だったのに
とてもとても優しく
まるで微笑んでいるかのように見えた
昨年亡くなった母の妹である叔母さんが
穏やかな死に顔ではあったものの
長く寝たきりだった人特有の
口を大きく開いた状態だったのが印象に強かったので
母の口が開いているのだけが気になって
そんな話をしたところ
リハビリのC先生と職員の方々で
タオルを優しくあごの下に挟んだり工夫して
上手に口を閉じてくださったので
ますます母の顔は穏やかに微笑んでいるようになった
母を運ぶために来てくださった葬儀社の運転手さんが
「他の施設や病院と雰囲気が全然違いますね
すごくみなさん暖かいですね」と仰って下さるほど
職員の方々に暖かく見送っていただき
実家だった場所に長男が建て替えた家に
母を連れて帰った
自宅を離れて施設にお世話になって、7年以上が経ち
家族葬という選択肢もあったけれど
母は昔ながらの極めて真面目な人だったので
ごく普通のお葬式をしようと決めていた
想像していた以上にたくさんの方が
母のお通夜・葬儀に足を運んで見送ってくださり
本当にありがたかった
火葬場で
今思い出しても
まるで絵本の中の1シーンのように
胸に残るエピソードがある
5歳のマゴのNちゃんが
火葬炉の中母の台車が運ばれ、扉が閉まった時に
そのあとに続こうとして
「ここから先は入れないんだよ
これでひいばあちゃんとお別れやよ」と
パパである長男が言うと
「ひいばあちゃん、どこへ行ったの?」 と、可愛い声で訊き
「ひいばあちゃんはお空に行ったんやよ」
「この扉の向こうはお空なの?」
20年以上前に亡くなった父は
会うことができなかった この可愛いひ孫たちに
母は会うことができて良かったと
胸がいっぱいになった
それから
火葬が終わり
親族みんなでお骨拾いをしたとき
まだ熱いお骨を長い箸で拾って骨壺に入れる儀式を
興味深そうに見ていたマゴの5歳のNちゃんと4歳のYくんは
無邪気にやってみたそうにしていた
火葬場の係の方が
「やってみる?」と
火傷しないように子供たちに安全なように気を配りつつ
二人にも骨拾いをさせてくださった
いつもなら大はしゃぎして遊んでいるNちゃんとYくんは
ちゃんと周りの親族の様子を見ていて
とても神妙に真剣に、でもちょっと楽しそうに
上手に骨拾いをしていた
2巡して、みんなが2度ずつ骨拾いをしたあと
最後に
「では喪主様が喉ぼとけをこちらに」と
小さな骨壺に入れるように促され
私が最後の喉ぼとけを壺に収めると
Nちゃんが隣にやってきて、小さな可愛い声で
「あーちゃんだけズルイ。もう一回できて」
と、これまた無邪気に可愛く言うので
「あーちゃんは特別なの
ひいばあちゃんは、あーちゃんのお母さんだからね」
と、私が答えると
横で聞いていた4歳のYくんが
「ママのお母さんは富山にいるんだよ。〇〇歳だよ」と
これまた無邪気な
本当に罪のない可愛い声で言うので
その場にいた親族みんなが笑顔になった
NちゃんYくんの天使のような二人の
無垢な可愛さのおかげで
母の葬儀の3日間のことは
今では私の中で絵本のように夢の中のように
暖かい気持ちで思い出せる別れの日となった

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2019年03月29日 (金) | 編集 |
久々に末っ子が家に家にいるようになって
我が家は賑やかになった
母の肺炎は熱こそ下がってはいるものの
抗生剤が目覚ましく効いてきているというわけでもなく
抗生剤の種類を変えてみましょうと先生が仰っていて
早く少しでも快方に向かってくれればいいいと願いつつ
毎日面会に通う
末っ子も一度面会に行ってくれたけれど
まだ母は反応できるほどの状態ではなかったので
もう少し良くなってきてから
また改めて会いに行ってねと話していた
猫たちは末っ子がちょいちょいかまってくれるので
みんな末っ子が大好きの様子
特にトラちゃんは
キャスター付きの衣装ケースの空箱に乗って
それを末っ子に押してもらうのが大好きで
末っ子の顔を見ながら衣装ケースに乗って待機する始末(^▽^;)

久々に末っ子と岩本屋に行った

美味しかった♪
それから
今年のミスドの鎧塚パティシエコラボドーナツは白眉だった

右端のホワイトチョコのドーナツは
ミスド史上過去最高に好きだと思った(^-^)
我が家は賑やかになった
母の肺炎は熱こそ下がってはいるものの
抗生剤が目覚ましく効いてきているというわけでもなく
抗生剤の種類を変えてみましょうと先生が仰っていて
早く少しでも快方に向かってくれればいいいと願いつつ
毎日面会に通う
末っ子も一度面会に行ってくれたけれど
まだ母は反応できるほどの状態ではなかったので
もう少し良くなってきてから
また改めて会いに行ってねと話していた
猫たちは末っ子がちょいちょいかまってくれるので
みんな末っ子が大好きの様子
特にトラちゃんは
キャスター付きの衣装ケースの空箱に乗って
それを末っ子に押してもらうのが大好きで
末っ子の顔を見ながら衣装ケースに乗って待機する始末(^▽^;)

久々に末っ子と岩本屋に行った

美味しかった♪
それから
今年のミスドの鎧塚パティシエコラボドーナツは白眉だった

右端のホワイトチョコのドーナツは
ミスド史上過去最高に好きだと思った(^-^)

2019年03月27日 (水) | 編集 |
引っ越しから帰ってきてからのことは
正直今となってはほぼ覚えていない(^-^;
毎日母の面会に行き
大きく状況は変わらないものの
目覚ましく快方に向かっているということでもなく
苦しそうな呼吸をする母に
話しかけたり
音楽をかけて静かに手を握ったり
背中をさすったり
そんな風にしていただけ
そして週末には義母のところにも行き
義母もまた、昨年末から一段状態が悪くなったため
介護スタッフの多いフロアーに
部屋を変わるようにと言われ
何やら慌ただしい日々だった

3にゃんに大人気のリビングのステレオの上
ジョニーもここが大好き
この間の日々にデジカメに残っていた美味しい写真
ぶどうの木の焼き菓子セット



長男家がお休みに行ってきた「あわら温泉」のお土産♪


久々に おむすび美人

サン二コラの恵方エクレア

↑ これ、写真じゃわからないけど、めっちゃ巨大(^▽^;)
とっても豪華でテンション上がり、美味しかった
正直今となってはほぼ覚えていない(^-^;
毎日母の面会に行き
大きく状況は変わらないものの
目覚ましく快方に向かっているということでもなく
苦しそうな呼吸をする母に
話しかけたり
音楽をかけて静かに手を握ったり
背中をさすったり
そんな風にしていただけ
そして週末には義母のところにも行き
義母もまた、昨年末から一段状態が悪くなったため
介護スタッフの多いフロアーに
部屋を変わるようにと言われ
何やら慌ただしい日々だった

3にゃんに大人気のリビングのステレオの上
ジョニーもここが大好き
この間の日々にデジカメに残っていた美味しい写真
ぶどうの木の焼き菓子セット



長男家がお休みに行ってきた「あわら温泉」のお土産♪


久々に おむすび美人

サン二コラの恵方エクレア

↑ これ、写真じゃわからないけど、めっちゃ巨大(^▽^;)
とっても豪華でテンション上がり、美味しかった

2019年03月27日 (水) | 編集 |
苛酷な引っ越しを無事終えて
温かいホテルでゆっくり眠ることができて
当初の予定通り帰る3日目
朝、
発券してあった末っ子の2日後の新幹線の切符を
ちょっと変更する必要ができて
町田駅へ行ったり、少々バタバタしたあと
まさか母が肺炎になるなんて思ってもいなかった時に
引っ越しの後次男のお嫁さんのMちゃんと
マゴのYくんチビMちゃんと
お昼を一緒に食べようと約束していたので
予定通り横浜駅で待ち合わせ
Yくんが喜ぶかな?と
シーバス乗り場に行ったら
お天気はいいのに強風のため運休で乗れなかった


残念
タカノフルーツパーラーでランチ兼スィーツタイム
一体どんだけ好きなんだ、タカノフルーツパーラー(^^ゞ
Yくんが選んだワッフルのセット

みんなでつまんだクラブハウスサンド

お嫁さんのMちゃんと私はイチゴのパフェ


(一昨日に続いて、またコレを食べる私 (^▽^;))
タカノの入っている横浜高島屋のこども用品のフロアーで
チビさんたちと少し遊んで

あっという間に帰る時間になる
次は春休みかな?ゴールデンウイークかな?って言いながら
別れを惜しみつつ
東京駅に向かい、新幹線で帰路に就く

この日は夫が定期通院で薬をもらいに行ったりする日だったため
午後休みを取っているから迎えに来てくれるということで
金沢駅に夫が迎えに来てくれて
そのまま母のところへ行こうと思っていたら
駅に迎えに来る前に母の様子を見てきてくれたとのこと
相変わらず呼吸は苦しそうではあるけれど
酸素飽和度は低下しているわけでもなく
熱も落ち着いているとのこと
なので母のところへは
明日の朝早めに行くことにして
夫がEmimag(エミマグ)で
引っ越しご苦労様を兼ねて夕食を食べて帰ろうと言ってくれて
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17006848/
今となっては、もう正確には何を食べたのか覚えてないけど
カルパッチョ風サラダかな?

鶏のから揚げ(油淋鶏??)

串の炭火焼き盛り合わせ

卵焼きのキノコあんかけだったかな?

焼きおにぎりかな?

Emimag(エミマグ)はなかなか美味しい(^-^)
とにかく無事に予定通りの日程で
引っ越しが終わって良かった
母が悪化せずに待っていてくれて本当に良かった
1週間後に末っ子の引っ越し荷物が届いたら
今度は家の中を大整理しないと。。。。。(^▽^;)
温かいホテルでゆっくり眠ることができて
当初の予定通り帰る3日目
朝、
発券してあった末っ子の2日後の新幹線の切符を
ちょっと変更する必要ができて
町田駅へ行ったり、少々バタバタしたあと
まさか母が肺炎になるなんて思ってもいなかった時に
引っ越しの後次男のお嫁さんのMちゃんと
マゴのYくんチビMちゃんと
お昼を一緒に食べようと約束していたので
予定通り横浜駅で待ち合わせ
Yくんが喜ぶかな?と
シーバス乗り場に行ったら
お天気はいいのに強風のため運休で乗れなかった


残念
タカノフルーツパーラーでランチ兼スィーツタイム
一体どんだけ好きなんだ、タカノフルーツパーラー(^^ゞ
Yくんが選んだワッフルのセット

みんなでつまんだクラブハウスサンド

お嫁さんのMちゃんと私はイチゴのパフェ


(一昨日に続いて、またコレを食べる私 (^▽^;))
タカノの入っている横浜高島屋のこども用品のフロアーで
チビさんたちと少し遊んで

あっという間に帰る時間になる
次は春休みかな?ゴールデンウイークかな?って言いながら
別れを惜しみつつ
東京駅に向かい、新幹線で帰路に就く

この日は夫が定期通院で薬をもらいに行ったりする日だったため
午後休みを取っているから迎えに来てくれるということで
金沢駅に夫が迎えに来てくれて
そのまま母のところへ行こうと思っていたら
駅に迎えに来る前に母の様子を見てきてくれたとのこと
相変わらず呼吸は苦しそうではあるけれど
酸素飽和度は低下しているわけでもなく
熱も落ち着いているとのこと
なので母のところへは
明日の朝早めに行くことにして
夫がEmimag(エミマグ)で
引っ越しご苦労様を兼ねて夕食を食べて帰ろうと言ってくれて
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17006848/
今となっては、もう正確には何を食べたのか覚えてないけど
カルパッチョ風サラダかな?

鶏のから揚げ(油淋鶏??)

串の炭火焼き盛り合わせ

卵焼きのキノコあんかけだったかな?

焼きおにぎりかな?

Emimag(エミマグ)はなかなか美味しい(^-^)
とにかく無事に予定通りの日程で
引っ越しが終わって良かった
母が悪化せずに待っていてくれて本当に良かった
1週間後に末っ子の引っ越し荷物が届いたら
今度は家の中を大整理しないと。。。。。(^▽^;)

2019年03月20日 (水) | 編集 |
1月28日の日記
夜の7時過ぎにようやく部屋に入れてから
末っ子とふたりで
ひたすら黙々と梱包作業と掃除に励み
引っ越し屋さんが搬出に来られても
どうにか大丈夫なくらいに片付いて
夜中の2時くらいには眠ることができた
けど
末っ子の布団以外には
ろくすっぽ寝具のない部屋では
エアコンをつけっぱなしにしても
寒くて寒くて寝られない(^▽^;)
一応それを想定して
大きなスーツケースに
ユニクロのふかふかフリースのカーディガンや
極暖の肌着も持ってきていたんだけれど
1月の、特に冬型の厳しい夜には
太刀打ちができなかった
薄い毛布1枚と、薄い寝袋1個
それに半纏を渡され
「俺の部屋に泊まった友達は
みんなこの3点セットで寝て
快適だったと言っていた」って言われたけど
その半纏は結局末っ子が着て寝てるし( ̄▽ ̄)
凍死するかもと思うほどだった明け方
小さな電気ストーブを点けて
その前でまんまるになってどうにか凌いだ
朝起きて、身づくろいをして
昨夜使ったものなどを荷造りしているうちに
あっという間に引っ越し屋さんが到着
プロの技でテキパキと梱包&運び出しをしてくださり
エアコンの取り外しも含めて
2時間かからないくらいで搬出が完了ヽ(゜◇゜ )ノ
だからといって
それで引っ越しが終わったかというと
分別して捨てていくゴミの始末
(スプレー缶やビン類の中身を捨てて分別するとか)
それに
部屋のクリーニング代は
どれだけ綺麗に掃除をしてあるかで
明け渡しの立ち合いのあと決められるというので
自宅でもこんなに掃除したことないというほど
徹底的に頑張って掃除に励む
お昼には相模大野の駅へ行き
結構人気店だというラーメン屋さんへ末っ子が案内してくれて
清勝丸(せいしょうまる)
(濃厚つけ麺,濃厚中華そば)
http://www.yanagiya-group.co.jp/

温かいものを食べてほっと一息

なかなか美味しいラーメンだった
ちなみに
少し前から末っ子が
「めちゃくちゃ美味しいラーメン屋さんがあるから
引っ越しに手伝いに来てくれたら案内するね」
と、言ってくれていたのだけど
そのラーメン屋さんは
この日は定休日なので
行くなら前日と、あらかじめ末っ子は計画してくれていた。
でも鍵がない事件で
すっかり予定が狂ってしまい
昨日はそれどころではなかった(^▽^;)
末っ子はそのことをとても気にしてくれていて
「言ってたラーメン屋さんに行けなかったね」と
何度か言ってくれていた
その気持ちだけで充分ありがたい(^-^)
で、お昼を食べたあと
末っ子は区役所へ転出の手続きに行き
私は100均で掃除に使う使い捨てシートや
ペットボトルの口に付けて
窓のサンを掃除する道具などを調達し
先に部屋に戻って掃除に励んだ
まるで業者さんがクリーニングしたかのようにみえるほど
掃除を頑張って、完了したのが17:00頃






今夜は町田駅の近くのホテルリソルに宿泊
https://www.resol-machida.com/




メンバー登録をすれば割引になるプランだったので
登録をしたら
会員専用フロアーにある部屋だった
エレベーターホールに
会員サービスのアメニティが並ぶ台があった

部屋の中は
ごく平均的な感じのビジネスホテル
特に狭いこともなく充分快適だった




平日でツインで二人で10000円弱
末っ子はまだ1月いっぱいは出勤日があるので
翌日からさらに2泊シングルに移動して滞在する
へとへとに疲れていて
すっかり体も冷えていたので
しばらくは死んだように休憩の仮眠をして
ちょっと復活したので
町田駅へ歩いて
自然食バイキング はーべすと(町田店) | 小田急百貨店で晩御飯
http://www.odakyu-dept.co.jp/machida/restaurant/hervest/index.html



無事に引っ越し手伝いが完了してほっと一息
夜の7時過ぎにようやく部屋に入れてから
末っ子とふたりで
ひたすら黙々と梱包作業と掃除に励み
引っ越し屋さんが搬出に来られても
どうにか大丈夫なくらいに片付いて
夜中の2時くらいには眠ることができた
けど
末っ子の布団以外には
ろくすっぽ寝具のない部屋では
エアコンをつけっぱなしにしても
寒くて寒くて寝られない(^▽^;)
一応それを想定して
大きなスーツケースに
ユニクロのふかふかフリースのカーディガンや
極暖の肌着も持ってきていたんだけれど
1月の、特に冬型の厳しい夜には
太刀打ちができなかった
薄い毛布1枚と、薄い寝袋1個
それに半纏を渡され
「俺の部屋に泊まった友達は
みんなこの3点セットで寝て
快適だったと言っていた」って言われたけど
その半纏は結局末っ子が着て寝てるし( ̄▽ ̄)
凍死するかもと思うほどだった明け方
小さな電気ストーブを点けて
その前でまんまるになってどうにか凌いだ
朝起きて、身づくろいをして
昨夜使ったものなどを荷造りしているうちに
あっという間に引っ越し屋さんが到着
プロの技でテキパキと梱包&運び出しをしてくださり
エアコンの取り外しも含めて
2時間かからないくらいで搬出が完了ヽ(゜◇゜ )ノ
だからといって
それで引っ越しが終わったかというと
分別して捨てていくゴミの始末
(スプレー缶やビン類の中身を捨てて分別するとか)
それに
部屋のクリーニング代は
どれだけ綺麗に掃除をしてあるかで
明け渡しの立ち合いのあと決められるというので
自宅でもこんなに掃除したことないというほど
徹底的に頑張って掃除に励む
お昼には相模大野の駅へ行き
結構人気店だというラーメン屋さんへ末っ子が案内してくれて
清勝丸(せいしょうまる)
(濃厚つけ麺,濃厚中華そば)
http://www.yanagiya-group.co.jp/

温かいものを食べてほっと一息

なかなか美味しいラーメンだった
ちなみに
少し前から末っ子が
「めちゃくちゃ美味しいラーメン屋さんがあるから
引っ越しに手伝いに来てくれたら案内するね」
と、言ってくれていたのだけど
そのラーメン屋さんは
この日は定休日なので
行くなら前日と、あらかじめ末っ子は計画してくれていた。
でも鍵がない事件で
すっかり予定が狂ってしまい
昨日はそれどころではなかった(^▽^;)
末っ子はそのことをとても気にしてくれていて
「言ってたラーメン屋さんに行けなかったね」と
何度か言ってくれていた
その気持ちだけで充分ありがたい(^-^)
で、お昼を食べたあと
末っ子は区役所へ転出の手続きに行き
私は100均で掃除に使う使い捨てシートや
ペットボトルの口に付けて
窓のサンを掃除する道具などを調達し
先に部屋に戻って掃除に励んだ
まるで業者さんがクリーニングしたかのようにみえるほど
掃除を頑張って、完了したのが17:00頃






今夜は町田駅の近くのホテルリソルに宿泊
https://www.resol-machida.com/




メンバー登録をすれば割引になるプランだったので
登録をしたら
会員専用フロアーにある部屋だった
エレベーターホールに
会員サービスのアメニティが並ぶ台があった

部屋の中は
ごく平均的な感じのビジネスホテル
特に狭いこともなく充分快適だった




平日でツインで二人で10000円弱
末っ子はまだ1月いっぱいは出勤日があるので
翌日からさらに2泊シングルに移動して滞在する
へとへとに疲れていて
すっかり体も冷えていたので
しばらくは死んだように休憩の仮眠をして
ちょっと復活したので
町田駅へ歩いて
自然食バイキング はーべすと(町田店) | 小田急百貨店で晩御飯
http://www.odakyu-dept.co.jp/machida/restaurant/hervest/index.html



無事に引っ越し手伝いが完了してほっと一息

2019年03月19日 (火) | 編集 |
1月27日 日曜日の日記のつづき
母の肺炎のことは
私はきっと回復してくれるものと思い込んでいたので
息子たちの誰にも
まだ話をしていなかった
なので、出発前にそんな葛藤があったことを
まるで知らない末っ子は
私が手伝いに行く前の日は
東京を離れる前にエンジョイすべく
ディズニーランドへ友達と遊びに行って
そのまま舞浜のオフィシャルホテルに泊まっていた
(そのランドのチケットは、有効期限間近の株主パスポートで
昨年秋に末っ子にあげたものだった)
私は9時過ぎの新幹線に乗って
お昼頃に東京駅に着くことになっていたので
ディズニー帰りの末っ子と東京駅で落ち合うことになっていた
この日金沢は青空だけど、少し雪が積もって寒かった

新幹線の車窓からもうっすら雪景色


予定通り東京駅へ着いて
末っ子とその友達と無事合流(^-^)
ちょうどお昼時だったけど
末っ子たちはオフィシャルホテルで
豪華バイキングの朝食を食べているので
そんなに空腹でもないと思い
3人でタカノフルーツパーラーへ行こうということになり
新宿高島屋のタカノで
ディズニーランドの話を聞きながら
パフェを堪能
末っ子は何故かメロンパフェ(旬じゃないと思うんだけど)

友達のパフェ(紅茶とセットのパフェだった)

3人でサンドイッチもわけあってつまみつつ~

私はこの時のイチゴフェア(?)のイチオシのパフェ

角度を変えて撮影♪

友達とは新宿でさよならして
小田急線に乗り換え、
末っ子の社宅というか独身寮のある相模大野の駅へ
さて!明日の引っ越しに向けて
これから荷造り&掃除頑張るぞ!! (๑•̀ㅂ•́)و✧
この時期引っ越し屋さんは高いので
末っ子がネットで検索して一番安いところを予約したら
荷物の搬出は明日28日だけど
時間は近くならないとわからないというプランだった
で、その搬出の時間が昨日やっとわかって
朝の9:00~10::00の間だという
それならもしかしたら
午後の早いうちには終わるかも?
夕方だった場合を考えてホテルを予約してあり
さらに、母が肺炎になるなんて
思ってもいなかった時に新幹線を予約したので
泊ったついでに
その翌日は次男のお嫁さんとマゴたちと
ちょっとだけ会ってお昼でも食べてから帰ろうと約束もしていたけど
早いうちに終われば
そのあと次男のお嫁さんとマゴたちに会いに行って
明日中には金沢へ帰ることができるかも?
リハビリのC先生からは
この日もラインで母の様子を知らせてくださり
母の動画まで送ってくださっていたし
その後夫もまた母の様子を見にってくれて
ラインで知らせてくれていたけれど
早く帰ることができるなら
それに越したことはないよね
などなど
いろんなことを考えながら相模大野に到着
寮に行く前にと、駅のトイレにちょっと寄って戻ったら
末っ子がベンチに座って
荷物を全部中身を出して調べつつ
「やっぱりない」
と、言っている
「何がないの?」
「部屋の鍵」
Σ(=°ω°=;ノ)ノ えっ!!!
「なんかさっきから鍵がないな~と思っていたんだよね
やっぱりない。 きっとホテルに忘れてきた」
「さっきからって、いつから?」
「東京駅から」
∑ヾ( ̄0 ̄;ノ えぇぇぇぇぇ~~~
どーしてそれを東京駅で確認しない?!
なぜせめて新宿で確認しない?!
相模大野から舞浜で取りに戻ったら
片道1時間半かかるのにぃぃぃ~~~~
とりあえずホテルに電話して調べてもらったところ
ホテルにもないという返事だった
「ホテルで忘れた以外考えられない。
そのあと鍵を出したりしてないし
ホテルを出るとき、シャトルバスの時間がギリギリで
大急ぎで出てきたんだよね」
「友達の荷物に紛れてはいっちゃったんじゃないの?」
「それはない」
「一応聞いてみたら」
「心配かけるからいい」
。。。。。どーする?( ̄_ ̄ i)
「とりあえず、寮に行ってみよう」
エントランスのドアがオートロックなので
ちょいちょい自分の部屋のドアのカギを
締め忘れていることもあるとかで
とりあえず部屋まで行ってみた
けど
そんなときに限って、ちゃんと鍵をかけてあり
部屋に入ることができない
日曜日で管理人さんは不在で
しかも掲示板に
『鍵の紛失は自己責任で』とわざわざ書いて貼ってある
仕方がないので
鍵の紛失の時に開けてくれる業者さんに来てもらう
けども
これがまたセキュリティが万全の建物で
業者さん、長い間頑張ってくれたけど開けられないと仰る
その間、すったもんだがあり
最後の手段はドアを壊すしかないという話まで一旦は出た
朝の9時過ぎに金沢を出て
お昼には東京に着いたのに
末っ子の部屋の中に入ることができたのは
夜の7時を過ぎて、もうすっかり真っ暗になってからだった
結局鍵は友達の荷物に紛れてあった ┐(´~`;)┌
さあ、明日の朝の9時搬出に向けて
今夜は徹夜で荷造りだ~~~
ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
末っ子がランドのゲーム屋台でGETしたミッキー

長くて寒くて大変な引っ越し一日目だった
母の肺炎のことは
私はきっと回復してくれるものと思い込んでいたので
息子たちの誰にも
まだ話をしていなかった
なので、出発前にそんな葛藤があったことを
まるで知らない末っ子は
私が手伝いに行く前の日は
東京を離れる前にエンジョイすべく
ディズニーランドへ友達と遊びに行って
そのまま舞浜のオフィシャルホテルに泊まっていた
(そのランドのチケットは、有効期限間近の株主パスポートで
昨年秋に末っ子にあげたものだった)
私は9時過ぎの新幹線に乗って
お昼頃に東京駅に着くことになっていたので
ディズニー帰りの末っ子と東京駅で落ち合うことになっていた
この日金沢は青空だけど、少し雪が積もって寒かった

新幹線の車窓からもうっすら雪景色


予定通り東京駅へ着いて
末っ子とその友達と無事合流(^-^)
ちょうどお昼時だったけど
末っ子たちはオフィシャルホテルで
豪華バイキングの朝食を食べているので
そんなに空腹でもないと思い
3人でタカノフルーツパーラーへ行こうということになり
新宿高島屋のタカノで
ディズニーランドの話を聞きながら
パフェを堪能
末っ子は何故かメロンパフェ(旬じゃないと思うんだけど)

友達のパフェ(紅茶とセットのパフェだった)

3人でサンドイッチもわけあってつまみつつ~

私はこの時のイチゴフェア(?)のイチオシのパフェ

角度を変えて撮影♪

友達とは新宿でさよならして
小田急線に乗り換え、
末っ子の社宅というか独身寮のある相模大野の駅へ
さて!明日の引っ越しに向けて
これから荷造り&掃除頑張るぞ!! (๑•̀ㅂ•́)و✧
この時期引っ越し屋さんは高いので
末っ子がネットで検索して一番安いところを予約したら
荷物の搬出は明日28日だけど
時間は近くならないとわからないというプランだった
で、その搬出の時間が昨日やっとわかって
朝の9:00~10::00の間だという
それならもしかしたら
午後の早いうちには終わるかも?
夕方だった場合を考えてホテルを予約してあり
さらに、母が肺炎になるなんて
思ってもいなかった時に新幹線を予約したので
泊ったついでに
その翌日は次男のお嫁さんとマゴたちと
ちょっとだけ会ってお昼でも食べてから帰ろうと約束もしていたけど
早いうちに終われば
そのあと次男のお嫁さんとマゴたちに会いに行って
明日中には金沢へ帰ることができるかも?
リハビリのC先生からは
この日もラインで母の様子を知らせてくださり
母の動画まで送ってくださっていたし
その後夫もまた母の様子を見にってくれて
ラインで知らせてくれていたけれど
早く帰ることができるなら
それに越したことはないよね
などなど
いろんなことを考えながら相模大野に到着
寮に行く前にと、駅のトイレにちょっと寄って戻ったら
末っ子がベンチに座って
荷物を全部中身を出して調べつつ
「やっぱりない」
と、言っている
「何がないの?」
「部屋の鍵」
Σ(=°ω°=;ノ)ノ えっ!!!
「なんかさっきから鍵がないな~と思っていたんだよね
やっぱりない。 きっとホテルに忘れてきた」
「さっきからって、いつから?」
「東京駅から」
∑ヾ( ̄0 ̄;ノ えぇぇぇぇぇ~~~
どーしてそれを東京駅で確認しない?!
なぜせめて新宿で確認しない?!
相模大野から舞浜で取りに戻ったら
片道1時間半かかるのにぃぃぃ~~~~
とりあえずホテルに電話して調べてもらったところ
ホテルにもないという返事だった
「ホテルで忘れた以外考えられない。
そのあと鍵を出したりしてないし
ホテルを出るとき、シャトルバスの時間がギリギリで
大急ぎで出てきたんだよね」
「友達の荷物に紛れてはいっちゃったんじゃないの?」
「それはない」
「一応聞いてみたら」
「心配かけるからいい」
。。。。。どーする?( ̄_ ̄ i)
「とりあえず、寮に行ってみよう」
エントランスのドアがオートロックなので
ちょいちょい自分の部屋のドアのカギを
締め忘れていることもあるとかで
とりあえず部屋まで行ってみた
けど
そんなときに限って、ちゃんと鍵をかけてあり
部屋に入ることができない
日曜日で管理人さんは不在で
しかも掲示板に
『鍵の紛失は自己責任で』とわざわざ書いて貼ってある
仕方がないので
鍵の紛失の時に開けてくれる業者さんに来てもらう
けども
これがまたセキュリティが万全の建物で
業者さん、長い間頑張ってくれたけど開けられないと仰る
その間、すったもんだがあり
最後の手段はドアを壊すしかないという話まで一旦は出た
朝の9時過ぎに金沢を出て
お昼には東京に着いたのに
末っ子の部屋の中に入ることができたのは
夜の7時を過ぎて、もうすっかり真っ暗になってからだった
結局鍵は友達の荷物に紛れてあった ┐(´~`;)┌
さあ、明日の朝の9時搬出に向けて
今夜は徹夜で荷造りだ~~~
ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
末っ子がランドのゲーム屋台でGETしたミッキー

長くて寒くて大変な引っ越し一日目だった

2019年03月15日 (金) | 編集 |
1月27日日曜日の日記
母の肺炎が判明した日の翌日26日土曜日
いつも通りに夫と二人で
週末恒例の義母と母の面会ツアー
夫も私も母の状態が気になって
本日は母の方から先に面会に行く
看護師さんのお話では
幸い抗生剤が効いてきて熱は昨日よりは下がって
37度台前半で落ち着いているそうだけれど
呼吸の苦しそうな状態はあまり改善されてはいないとのこと
それでも酸素飽和度はそれほど低いわけじゃないので
そこまで深刻ということでもないとのこと
昨日よりは少しはマシな気もするけど
見ている分には
良くなってきたねというほど良くもない
心配は心配だけど
義母の方も以前より一段階弱ってきている状態で
私たちが訪ねて、好きなお菓子を食べさせてあげている時間が
唯一無二の楽しみなので
義母の面会にも向かう
明日の引っ越し手伝いに東京へ行く件はどうしたものかと
まだ決めかねつつ帰宅
何しろ末っ子ときたら
大学卒業時の引っ越しもこんな感じで↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-2069.html
それはもう悲惨なテイタラクだった( ̄▽ ̄)
余談だけど
末っ子に限ったことじゃなく
長男だってこんな感じでヒドかった↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-116.html
次男だって似たかよったかで↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-384.html
みんな親が来るとなると、すっかりやってもらうことに決め込んで
全然荷造りなんてやってないし
母も心配だけど
末っ子の引っ越しもまた心配で
どうしようかと迷っていたところ
リハビリのC先生がラインにメッセージをくださって
『明日はSTのO先生と一緒にお母さんの様子を見に行ってきますね』
そして、私が母の呼吸の少しでも助けになればと、
設置してきた加湿器の水の補給のことを
留守にする間心配していたことを
ちゃんとだなたかから(主治医の先生か、同席されていた看護師さんか)聞かれたようで
『加湿器の水も交換しておきますね』
と書いてくださってあった
だから心配しないで行ってきてくださいとまでは
文字にしては書かれていなかったけど
充分にその優しいお気持ちのこもったメッセージが伝わってきて
よし!引っ越し手伝い、行ってこよう!
母はきっと私の帰りを待っていてくれる!
リハビリのC先生
末っ子と同世代の、まだ若い青年だけど
本当に心優しくて
ただただありがたい
そしてC先生だけでなく
他の看護師さんや介護士さんにも
ちゃんと細かな状態の情報共有を
してくださっているこの施設のスタッフのみなさんに
本当に感謝の気持ちでいっぱい
母の肺炎が判明した日の翌日26日土曜日
いつも通りに夫と二人で
週末恒例の義母と母の面会ツアー
夫も私も母の状態が気になって
本日は母の方から先に面会に行く
看護師さんのお話では
幸い抗生剤が効いてきて熱は昨日よりは下がって
37度台前半で落ち着いているそうだけれど
呼吸の苦しそうな状態はあまり改善されてはいないとのこと
それでも酸素飽和度はそれほど低いわけじゃないので
そこまで深刻ということでもないとのこと
昨日よりは少しはマシな気もするけど
見ている分には
良くなってきたねというほど良くもない
心配は心配だけど
義母の方も以前より一段階弱ってきている状態で
私たちが訪ねて、好きなお菓子を食べさせてあげている時間が
唯一無二の楽しみなので
義母の面会にも向かう
明日の引っ越し手伝いに東京へ行く件はどうしたものかと
まだ決めかねつつ帰宅
何しろ末っ子ときたら
大学卒業時の引っ越しもこんな感じで↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-2069.html
それはもう悲惨なテイタラクだった( ̄▽ ̄)
余談だけど
末っ子に限ったことじゃなく
長男だってこんな感じでヒドかった↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-116.html
次男だって似たかよったかで↓
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-384.html
みんな親が来るとなると、すっかりやってもらうことに決め込んで
全然荷造りなんてやってないし
母も心配だけど
末っ子の引っ越しもまた心配で
どうしようかと迷っていたところ
リハビリのC先生がラインにメッセージをくださって
『明日はSTのO先生と一緒にお母さんの様子を見に行ってきますね』
そして、私が母の呼吸の少しでも助けになればと、
設置してきた加湿器の水の補給のことを
留守にする間心配していたことを
ちゃんとだなたかから(主治医の先生か、同席されていた看護師さんか)聞かれたようで
『加湿器の水も交換しておきますね』
と書いてくださってあった
だから心配しないで行ってきてくださいとまでは
文字にしては書かれていなかったけど
充分にその優しいお気持ちのこもったメッセージが伝わってきて
よし!引っ越し手伝い、行ってこよう!
母はきっと私の帰りを待っていてくれる!
リハビリのC先生
末っ子と同世代の、まだ若い青年だけど
本当に心優しくて
ただただありがたい
そしてC先生だけでなく
他の看護師さんや介護士さんにも
ちゃんと細かな状態の情報共有を
してくださっているこの施設のスタッフのみなさんに
本当に感謝の気持ちでいっぱい

2019年03月14日 (木) | 編集 |
1月25日金曜日の日記
この日は長男家のマゴのNちゃんの
こども園で発表会が行われる日だった
園の中のホールでの発表会なので
入ることのできる保護者の数が限られているため
金曜日はおじーちゃんおばーちゃんの観覧の日
翌、土曜日はパパママの観覧日ということになっていて
(都合が悪い場合は変更もできる)
夫は平日なため仕事で見に行けないし
パパママである
長男とお嫁さんのKちゃんより一日早く
私が見に行くことになり
私は動画撮影係の重責を担いつつ
楽しみに見に行ってきた(^O^)
Nちゃんは劇「ねずみの嫁入り」で
おばあさんの役とネズミの役で2役出演
昨年の発表会の時はまだ
少し恥ずかしそうに小さな声でセリフを言っていたのに
なかなかに落ち着いて堂々とセリフを話し
1年でグッと成長した姿を見せてくれた
blog12.jpg)
これくらいの年頃のこどもの成長はすごい
本当に目を見張るようだ(*^_^*)
歌や楽器の演奏もとっても可愛く
blog12.jpg)
もちろん、Nちゃんだけでなく
他のお子さんたちの様子もとっても可愛く
先生方はどんなにか大変だったことだろうと
感謝するばかり(^-^)
ビデオ撮影も結構いい感じに撮れて
微笑みながら一旦家に戻り
今度は猛ダッシュで母の施設へと向かった
この日は午後イチで主治医の先生と面談があることになっていた
高カロリーの輸液を入れている母の
鎖骨のポートの不具合に関して
ここのところずっと治療して様子を見ていただいていたので
その経過を踏まえたうえで
一旦どこか大きな病院へ入院して
新たに別の場所にポートを新設する手術をするか
応急処置的な対処でまだ当分様子をみるか
母の全身の状況を考えて
どうするのが望ましいかを相談することになっていたはずだった
ところが
前日から母の状態が良くないということで
検査していただいたところ
どうやら肺炎を起こしてしまったことが
今朝わかったというお話だった
肺炎だけなら、
抗生剤の投与で回復の期待は十分あったのだけれど
腎不全も併発していて
抗生剤でガンガン肺炎を治療すればいいとう状況ではなく
決して楽観できない状況だという
とはいえ
私は、肺炎はきっと回復するとこの時は思っていた
20年以上前に亡くなった父が
何度も肺炎を発症して
何度も克服して頑張ってくれていたから
肺炎は治る
そう信じていた
腎不全もあるので簡単にはいかないけれど
とにかく今は肺炎を治すことに全力を尽くしましょう
という先生のお話を聞きながら
これは相当に危険な状態だと先生は仰っているんだろうか
と、だんだん心配になってきて
「あのう。。。。。。
実は東京の会社の寮に住んでいる息子が
引っ越しすることになって
明後日から2晩、3日間
その手伝いに東京に行くことになっているのですが
私はそんなことをしている場合なんでしょうか。。。。。?」
と、訊いてみた
先生は
「難しい状況ではありますが
僕はそんな3日や4日で急にどうとかなるとは思っていないので
予定通り引っ越しのお手伝いに行かれたらいいと思いますよ」
と、仰った
けれど
同席されていた看護師さんが
「でも・・・昨日から急激にむくみが出ているのが気になって
あまり楽観しないほうがいいのではないでしょうか・・・」と
少し控えめながら
私が金沢をしばらく留守にすることに不安を持たれていることを仰っていた
それでその場では結論を出さず
今日から始まった治療の効果と
明日の様子をみて
直前まで考えることになり一旦面談は終了になった
さっきまで
マゴのNちゃんの発表会で
心がほっこりして
母にもその話を聞かせてあげようと
いそいそとやってきたのに
こんな深刻な面談になるなんて思ってもみなかった
この日は長男家のマゴのNちゃんの
こども園で発表会が行われる日だった
園の中のホールでの発表会なので
入ることのできる保護者の数が限られているため
金曜日はおじーちゃんおばーちゃんの観覧の日
翌、土曜日はパパママの観覧日ということになっていて
(都合が悪い場合は変更もできる)
夫は平日なため仕事で見に行けないし
パパママである
長男とお嫁さんのKちゃんより一日早く
私が見に行くことになり
私は動画撮影係の重責を担いつつ
楽しみに見に行ってきた(^O^)
Nちゃんは劇「ねずみの嫁入り」で
おばあさんの役とネズミの役で2役出演
昨年の発表会の時はまだ
少し恥ずかしそうに小さな声でセリフを言っていたのに
なかなかに落ち着いて堂々とセリフを話し
1年でグッと成長した姿を見せてくれた
blog12.jpg)
これくらいの年頃のこどもの成長はすごい
本当に目を見張るようだ(*^_^*)
歌や楽器の演奏もとっても可愛く
blog12.jpg)
もちろん、Nちゃんだけでなく
他のお子さんたちの様子もとっても可愛く
先生方はどんなにか大変だったことだろうと
感謝するばかり(^-^)
ビデオ撮影も結構いい感じに撮れて
微笑みながら一旦家に戻り
今度は猛ダッシュで母の施設へと向かった
この日は午後イチで主治医の先生と面談があることになっていた
高カロリーの輸液を入れている母の
鎖骨のポートの不具合に関して
ここのところずっと治療して様子を見ていただいていたので
その経過を踏まえたうえで
一旦どこか大きな病院へ入院して
新たに別の場所にポートを新設する手術をするか
応急処置的な対処でまだ当分様子をみるか
母の全身の状況を考えて
どうするのが望ましいかを相談することになっていたはずだった
ところが
前日から母の状態が良くないということで
検査していただいたところ
どうやら肺炎を起こしてしまったことが
今朝わかったというお話だった
肺炎だけなら、
抗生剤の投与で回復の期待は十分あったのだけれど
腎不全も併発していて
抗生剤でガンガン肺炎を治療すればいいとう状況ではなく
決して楽観できない状況だという
とはいえ
私は、肺炎はきっと回復するとこの時は思っていた
20年以上前に亡くなった父が
何度も肺炎を発症して
何度も克服して頑張ってくれていたから
肺炎は治る
そう信じていた
腎不全もあるので簡単にはいかないけれど
とにかく今は肺炎を治すことに全力を尽くしましょう
という先生のお話を聞きながら
これは相当に危険な状態だと先生は仰っているんだろうか
と、だんだん心配になってきて
「あのう。。。。。。
実は東京の会社の寮に住んでいる息子が
引っ越しすることになって
明後日から2晩、3日間
その手伝いに東京に行くことになっているのですが
私はそんなことをしている場合なんでしょうか。。。。。?」
と、訊いてみた
先生は
「難しい状況ではありますが
僕はそんな3日や4日で急にどうとかなるとは思っていないので
予定通り引っ越しのお手伝いに行かれたらいいと思いますよ」
と、仰った
けれど
同席されていた看護師さんが
「でも・・・昨日から急激にむくみが出ているのが気になって
あまり楽観しないほうがいいのではないでしょうか・・・」と
少し控えめながら
私が金沢をしばらく留守にすることに不安を持たれていることを仰っていた
それでその場では結論を出さず
今日から始まった治療の効果と
明日の様子をみて
直前まで考えることになり一旦面談は終了になった
さっきまで
マゴのNちゃんの発表会で
心がほっこりして
母にもその話を聞かせてあげようと
いそいそとやってきたのに
こんな深刻な面談になるなんて思ってもみなかった

2019年03月09日 (土) | 編集 |
2019年03月09日 (土) | 編集 |