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 ありふれた日常の中で、小さな発見や、ささやかな喜び、そして悲しみを言葉にすることで、 明日への元気になるような日記が書けたらいいなぁ・・・
長かったような短かったような 
2020年06月20日 (土) | 編集 |
2月の日記のつづき

2月10日は母の命日

とても忙しかった時期もあり
何もする気にならなかった日々もあり

すごく長かったようで あっという間だったようでもあり

母の遺骨は四十九日にはまだ納骨をせず
月命日にはお寺の住職にお経をあげに来ていただいてきて
一周忌の法要の時に納骨しようと決めていた

祭壇

コンパクトな祭壇は夫が作ってくれた入れ子式のすぐれもの

一周忌の法要は
ちょうど命日ではなく
神奈川の次男家のマゴのYくんの
幼稚園の春休みになってから
3月後半に家族だけでささやかにお参りして
納骨もする予定なので

命日にはいつもの月命日と同じように
住職にお経をあげていただいて
少し多めにお花を飾った

flower

flower



オマケのトラちゃん

トラちゃん

トラちゃん

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糖質に左右されてた昨年の日々(^▽^;)
2020年03月11日 (水) | 編集 |
しばらくバタバタしているうちに
もう3月になってしまって
日記の方はまだ11月の上旬

ブログを始めてからかれこれ14年にもなるんだけど
こんなに遅れまくったのは新記録かも(^▽^;)

只今世の中というか世界中がコロナウィルスに翻弄されていて
あらゆる行事や行動が自粛

こんな状態がいったいいつまで続けられるものなのか
世界中の経済状態はどうなってしまうのかと

個人的には感染することよりも
つぶれたり破綻したり
(大きな企業から、ひとりひとりのささやかで大切な家庭まで)
そちらのほうがより切実に心配

少しでも早く収束して
みんなが安心して生活できる日が戻ってきますようにと
ただ願っている



で、能天気な日記のつづきは11月上旬

昨年は夫と末っ子と一念発起して(←大げさ (^▽^;))
6月下旬から低糖質ダイエットを始めてみた

といっても、ゆるいほうのダイエットで

本格的なものだと
1日の糖質を40g程度に抑えるそうで
そんなのはとても無理で、続かないので
一日の糖質を140g程度に抑える『ゆる糖質制限』

ごはん茶碗軽く1杯ですでに50~60g糖質があるので
ゆるいほうでもそれなりに大変

とにかく甘いものが大好きな私には
ちょっとばかり我慢が必要だったけど

カロリーを減らすダイエットに比べたら
ずっと楽で、しかも効果がわりとちゃんとわかる

野菜多めにして
お肉やお魚もOK
炭水化物(糖質)を控えるだけ

1か月で1kgくらいのペースで体重を落とすことができて
11月には4kg減まで到達できた(^-^)

そこからはまぁ維持を目標に
結構甘いものも食べたりしているので減ってないけど(^^ゞ

強い味方だったおやつが

ナッツとチーズ
ロカボ

イオンのプライベートブランド。トップバリュの
ロカボスィーツ
ロカボ

ワッフルの他にもシュークリームやエクレアもある♪

これがなかなか美味しいので
ちょいちょいこれに助けてもらった

今は時々ケーキも食べるし大判焼きも食べる(^-^)

糖質制限ダイエットを提唱した先生はすごいぞ~


ジョニー
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2020年もよろしくお願いします(^O^)/
2020年01月03日 (金) | 編集 |
年が明けて 2020年になりましたね

2019年は2月に母が亡くなって
なにやらバタバタと余裕のない日々がしばらく続き

5月には
近くに住む長男家に2人目のマゴのRちゃんが誕生して
お嫁さんのKちゃんの養生中に
上のマゴのNちゃんのお世話を担当していたり

ブログの方はすっかり不定期更新になってしまっていて
いつも以上に遅れおくれで書いている
平凡な日常の日記ですが

見に来てくださっているみなさま
本当にありがとうございました

みなさまにとって2020年が

素敵な一年になりますように



*:..。o○☆゜・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゜・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゜・:,。*:..。o○☆


年賀状類を喪中欠礼にして、今年はお休みしている我が家ですが
ネットで調べてみたところ
お正月飾りなども控えた方がいいとのことで
今年のお正月は
『お休みで家族が集まる賑やかな』平常お休みモードです

おめでというという言葉は使わないで

今年もよろしくお願いします

というご挨拶をするのが正解みたいです

なので、あらためまして

2020年も

どうぞよろしくお願いいたします(*^_^*)


トラちゃん
トラちゃん

トラちゃん

ライちゃん
ライちゃん

ジョニー
ジョニー

ジョニー
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見せてあげたかったな、今年も桜
2019年05月13日 (月) | 編集 |
4月12日の日記

去年、リハビリのC先生のおかげで
母と一緒に見ることができた御経塚の用水路にある桜並木が
今年も満開になり、それはそれは美しかった

桜

桜

桜

桜

今年も一緒に見たかったな、お母さん

今年の桜は少し胸が痛いよ


昨年、C先生のおかげで
母とお花見に行くことができた日の日記はこちら

http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-3663.html


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母のこと
2019年02月14日 (木) | 編集 |
私の母は金沢の市内の中ではのんびりした田舎に生まれて
短い旅行以外には金沢を離れたことが一度もない

たくさん兄弟がいる中の(私が知っている範囲では二男四女)
末から2番目で

(とはいえ、その世代の方々は兄弟が多いのが珍しくなかったと思うし
 当時は戦争もあり、まだまだ医療も事情がよくなかったので
 他にも亡くなった兄弟がいたのかもしれないけれど、
 それに関しては正確には知らない)

特に上の学校へ進ませてもらうこともなく
若いうちから電話交換手の仕事をし
20歳かそこらで
農家の後継ぎであった父のところへ嫁いできた

父は
若いうちは満州国へ渡って国立の師範学校で資格を取り
ハルピンで教員をしていたけれど
終戦とともにシベリアへ抑留された

幸い2年ほどで生きて帰ってくることができたが
本家の長男だったため
農家を継がなければ農地改革で土地を没収されてしまうため
好きだった教員の仕事を諦めて農家を継いでいた

母は小さな子供が大好きな人だった
道を歩いていて、知らない赤ちゃんを見ても
つい、あやさずにはいられないほど
小さな子供が大好きな人だった

なのに結婚して、私が生まれるまでに10年子どもができなかった


父や母からではなく
伯父さん伯母さん、ご近所の方々から

私が生まれるまでに母が何度も何度も流産や死産をして
生まれて1週間で亡くなった男の子もひとりいるということを
私は幼いころから幾度となく聞かされていた

あなたはやっと生まれた大事な大事な子どもなのだと

実際私は
父にも母にも、
そして、私が14歳になるまで元気で一緒に住んでいた祖父にも
本当に愛情深く大切に育ててもらった



大きくなるにつれて
母の愛情が重くて、負担に思うことも多かった

結婚して札幌や千葉に住んでいたころはまだ
遠く離れた両親が
淋しい思いをしているのではないかと素直に心配だったけれど

金沢に戻ってきて
実家近くに家を建てて定住してから

殊に、父が20年以上前に亡くなってからは

40になっても50になっても
「どこへ行くがや?早よ帰っておいで」と
四六時中私や私の家族のことを気に掛ける母の愛情が
重くて鬱陶しいいと負担に思うことが多かった

なので、私は母にとって大事なひとり娘でありながら
そんなに優しい娘ではなかったと思う


ようやく母に優しくできるようになったのは
母がパーキンソン病や脳梗塞や認知症を
老いとともに患い、
施設のお世話になりながら療養するようになってからかもしれない

母は自分のことより
いつでも私と私の家族のことが何より大切だった人だ

正直すぎるほど正直で
ちょっと空気が読めないところがあるけど

人を悪く言うことも全然なく
よく人のことを感心して
「あの人はずごい人ながや。えらい人ながや」と
褒める話を聞かせてくれた

善良で謙譲の人だ

そして、健康な時はただただ働き者だった


母が肺炎と腎不全のため亡くなった

もう何年も、何度もいろんな場面で覚悟はしてきたけれど

でもまだ
それは今日じゃないし明日じゃない
もう少しだけ先

だと思っていた

母が生きているうちに伝えるはずだった感謝の言葉は
まだ全然ちゃんと伝えることができてなかった

毎日会いに行っていても
それはまだ少し先でいいと思っていた


私がいなければ母は生きていられないだろう
当たり前のようにそう思わせてくれていた絶対的な愛情を
母はずっと私に注いでくれてきたのに。。。。。。


まだいろいろなことが絵空事のように実感がないところもあるけど

母がこの世を去り
自分自身の人生も、ひとつの大きな区切りにあることを
今ぼんやりと感じている



ずっと時系列で書いてきたこのブログというか日記
母のことを書かなければ
この先の日々を綴っていけないので
日付は違っているし
楽しかった連休の福井ミニ旅行の中に突如こんなつぶやきが挟まるけど

この次の更新は
福井日記のつづきから。。。。。。。

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ようやく2019年の日付にブログがたどりつきました(^^ゞ
2019年01月01日 (火) | 編集 |
ようやくブログの日付上でも
2019年に突入できました(^^ゞ

flower


いったんご挨拶は少し前に書いたのですが
http://anaheimmaingate.blog73.fc2.com/blog-entry-3845.html


こんな何の変哲もないのんびりしたブログに
訪問してくださっているみなさま ありがとうございます(*^_^*)

みなさまにとって2019年が、素敵な1年になりますように☆


で、我が家の賑やかな元旦は

長男一家は徒歩2分の自宅へ昨夜帰って
家族で年越しをしたので
我が家の朝は次男一家と末っ子と夫と私

お雑煮とお節で朝食を食べ
お昼過ぎにはみんなで能登の温泉へ出発するので
慌ただしく身支度や準備をする

そんな中で
ひときわ元気いっぱいなYくんとチビMちゃん(*^_^*)

玄関はこんな感じのお正月バージョン
玄関

ドア前の寄せ植え
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今年新調したお飾り
お飾り

昨年まで10年くらい愛用していたお飾りは
(うちは左義長で燃やさずに毎年飾ってます)
アレンジを教えてくれている友人が作ってくれたもので
大好きなので
玄関の中の壁に今年は飾る
お飾り

京都の工房えんじゅの冨金原塊さん作の干支の香炉と
http://www.studioenju.com/
加賀のガラス工房culletの秋友さん作の太閤鏡餅
http://akitomo.jp/gsc/
干支

今年のイノシシくんもいい顔してる~(^O^)

干支

おまけのにゃんずのトップバッターはトラちゃんの寝顔(^.^)
トラちゃん

トラちゃん

さて!にゃんずは新年早々お留守番だけどごめんよ~
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もうどこにも災害がありませんように・・・・・
2018年09月10日 (月) | 編集 |
母の誕生日の朝。。。。未明

北海道で大きな地震があった

我が家は札幌に6年ほど住んでいたことがあって

ニュース映像で大きな亀裂ができていると放送されていた東区の通りは
多分最初に住んでいた東区のアパートの近くで
何度も通っていた道だったし

断水のために給水所が設置されていると言われていた平岸

お風呂のなかった東区のアパートから
引っ越しして、4年間住んでいたのが平岸だった

北海道全域で停電って・・・

地震のニュースを見た時はかなりな衝撃だった


今年は北陸も大雪で数日間大変だったけど

大雨や台風でたくさんの地域で大きな被害を受けた方々がおられて
何度も『記録的な』とか『観測史上初』とか
本当に異常な自然災害がたくさん起こって

さらにこの北海道の地震

もうこれ以上、どこにも災害が起こりませんように

もうこれ以上、誰も被害に遭いませんように・・・・・・・


ライちゃん

札幌には今現在も友達がいて
とても心配だったけれど

本当のお身内の方々だけでもなかなか連絡が取りにくいような状況で
貴重な電源や通信を使っては申し訳ないと自粛して

数日たって、少し落ち着いてきたことをニュースで見てから
恐るおそる ラインで連絡してみたところ

幸い友人は大きな被害はなかったそうでほっとした
(もちろん、恐怖や、生活面の不便はたくさんあっただろうけどれ)

日本の広い範囲で、大雨や台風や地震で
被害に遭われた方々が
一日も早く普通の生活に戻ることができますように

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まつりのあと 
2018年08月20日 (月) | 編集 |
指折り数えて楽しみにしていた全員での旅行に
無事にみんなで行って楽しんでくることができ

帰った日の夜に次男一家は
富山のMちゃんのご実家に移動し
さらにその翌日には東京へと戻って

終わってみればあっという間で
我が家の夏のベントが終わった

末っ子は琵琶湖から帰ってからも3日ほどいて
一緒に母のところや義母のところへも顔を出してくれた


母は反応らしい反応はもうできないんだけれど
末っ子の呼びかけをわかっているようにみえた

末っ子と母

義母は若者である末っ子をみて
とてもにこやかに嬉しそうにしてはいたけれど
それが誰なのか全くわかっていなくて
1分おきくらいに
「どなた?」
「お母さんの孫ですよ」
と説明しなければならなかった(^-^;

末っ子と義母

そして末っ子も夏休みが終わり
仕事が始まるので東京へと戻ってしまうと

すっかり静かになって
我が家の平常モードになった

トラちゃんは
末っ子のことが大好きなので

なんだか私や夫と同じくらい気が抜けているようだ(^▽^;)

トラちゃん

トラちゃん

さて

次にまたみんなに会える日まで
元気を出して頑張ろうっと♪ (^-^)

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グループトークに高原の素敵な便り
2018年07月27日 (金) | 編集 |
8月には次男一家や末っ子が
夏休みで帰省して来るという楽しみがあるので

少しずつ掃除系の準備を始めて頑張らねば

普段いかに手抜きをしているかがバレバレ(^▽^;)

お風呂を少々念入りに掃除したり
一部屋ずつカーテンを洗ったり
猫のシステムトイレの砂を1台ずつ入れ替えて洗ったり

なにしろ毎日本当に暑いので
すぐにくたびれて休憩しながらなので
ちょっとずつしか進まないけど(^^ゞ

母の面会や買い物の合間にちょっとずつ

ヨガにもせっせと通っているので
本当に毎日があっという間で愕然とする(・・;)

友人が『菅平高原に来てます♪』
と、グループラインに素敵な写真を送ってくれた

菅平

菅平

菅平

菅平

菅平


高原の風を感じる素敵な写真をみせてもらって癒されて

仲間たちが次々と
「素敵~」というコメントを書いているのを見て
それにもまた癒されて

ラインのグループトークって素晴らしいなぁと思う
昔は家にいながらにして
仲間たちとこんな風に気軽に会話できるなんて
想像もしてなかったものね~(*^^*)

そのうち、仲間のひとりが
「私は上田に行ってきたよ~」って
また全然違う風景の写真を送ってくれて

上田

おお~と、歴史の壮大さを感じたり(^-^)

いやぁ、本当に便利!グループトーク♪


最近テーブルの下が定位置のトラちゃん

トラちゃん

ジョニー

ジョニー

ライちゃん

ライちゃん
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お墓参りに伊丹へ
2018年07月14日 (土) | 編集 |
私はひとりっ子だったので
こどもの頃はいとこたちが夏休みなどに遊びに来てくれることが
何よりも楽しみで、いつも指折り数えて待っていた

父の一番下の妹にあたる叔母さんは
私が生まれたころはまだ若くてお嫁に行く前だったので
私の家に住んでいた

といっても、私が3歳になる前にお嫁さんに行ってしまったので
自分の記憶の中には一緒に住んでいた頃のことは残っていなくて
あとから家族や叔母さんに聞いた話で
叔母さんにおぶってもらってスーパーマーケットへ
連れて行ってもらったりしていたのだそうだ

当時の私はバナナが好きだったそうで
叔母さんの背中におぶわれながら
「みっちゃん(と、呼んでいたらしい)
 お芋買って~」と
バナナを指さして、いつもお芋と言っていたという話を
まだ若くて独身だった叔母さんは
「恥ずかしかったわぁ」と、後から何度か話してくれていた

その叔母さんに
私より3つ4つ下の女の子と
さらにその2つ3つ下の男の子がいて
私はそのいとこたちと遊ぶのが何よりの楽しみだった

叔父さん(つまり叔母さんのご主人)は転勤族で
2~3年ほどの間隔でいろんな都市にお引越しをして
遠く離れたところに住んでいたので
金沢に帰省してきてくれる夏休みを首を長くして待っていた

私が小学校の中学年くらいになってからは
そのいとこたちと叔母さんが家に帰る時に
毎回私も一緒についていって
叔母さんの家に何日も滞在させてもらって
毎日いとこたちと楽しく遊ばせてもらっていた

奈良、静岡、新潟、四日市・・・
特に奈良のお家には何度もお邪魔した

その上、
叔父さんのご実家にあたる伊丹のお家へ
ご一家で帰省するときにも
一緒に連れて行ってもらって
お泊りさせてもらっていた

叔父さんのお母さまである
(いとこたちにとっては)おばあちゃんが
とってもハイカラな方で
当時としてはすごく珍しかった「手作りのアイスクリーム」を
行くたびにご馳走して下さるのがまたすごく楽しみだった

当時はこどもだったので
無邪気に喜んでいたけど

自分が子育て中の主婦を経験してみると
叔母さんはどんなに私のせいで大変だっただろうと
申し訳なくて、申し訳なくて(^-^;

夏休みで自分の子どもたちが毎日家にいるというだけでも
『やれやれ大変 ┐(´∀`)┌
 早く新学期始まらないかな~』と
毎日オサンドンに追われて
退屈している子どもたちを遊びに連れて行って
宿題もちゃんとやるように監督して
片づけも掃除も・・・・・

叔母さんがイヤな顔ひとつせずに
私を居候させてくれたおかげで
私は毎年いとこたちと過ごす夏休みが
本当に本当に楽しかった

大人になってから当時の叔母さんの大変さを思うと
いつかご恩返ししないと!!
とずっと思っていたのに


その叔母さんが今年の5月に癌で亡くなってしまった

こんなに早くに亡くなられてしまうなんて思ってもいなかったので
まだ何にもご恩返しもできてないかったのに・・・・

もっといっぱいお礼を伝えたかった
あの頃の思い出話を一緒にしたかった
残念でならない

故人の遺志で家族葬で送るので
お葬儀の参列もお香典も辞退しますという連絡をもらっていたので
納骨が終わったら、お墓参りに行きましょうと

金沢に住んでいて、いつも一緒にランチに行っている叔母さんと
(亡くなった叔母さんの、すぐ上のお姉さんにあたる)
一緒に伊丹に行くことになり

その叔母さんの長女である従姉が千葉から
亡くなった叔母さんの長女である従妹が岡山から
それぞれ伊丹にきてくれることになり

みんなとすごく久しぶりにメールやラインで連絡を取り合い
旧交を温めつつ、お墓参りの日を迎えた


叔父さんが
「せっかくみなさんが来てくれるので」と
一席設けて下さり

先ずは伊丹シティホテルの「いな乃」で
一緒にお昼をいただきながら

亡くなった叔母さんが
その1カ月前くらいには
みなさんで温泉旅行ができたことや
ずっと趣味の卓球を楽しんでいらしたこと
「平均寿命までは生きたかったなぁ。それが悔しいなぁ」って
最後までカッコいい叔母さんだった話を聞かせていただいたり

みんなそれぞれの近況を語り合ったり
昔の思い出話をしたりできた

ちなみに、お料理はこんな感じ

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

いな乃@伊丹シティホテル

ゆっくりお食事したあと
お墓参りをして

それから叔父さんのお家へお邪魔して
写真をたくさん見せていただいて

思い出話をここでもたくさん語り合い

とてもいい時間を過ごさせてもらった

こうして久しぶりに叔父さんやいとこたちと会えたのは
叔母さんが引き合わせてくれたんだものね

叔母さん、本当にお世話になりました
ありがとうございました。

今頃は天国で、私の父やおじいちゃんに再会して
一緒にみんなの姿を見守ってくれているかな


帰りのサンダーバードの車窓から琵琶湖の夕暮れが見えた

琵琶湖

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